絵画の流れ
何を、どう描くか。絵画の変化を、実際の作品といっしょに見てみましょう。
先史・古代から20世紀初めまで、西洋絵画の流れをたどる入門案内です。地域や流派には違いや重なりがあります。図版は説明のための例で、各時代のすべてを代表するものではありません。
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先史・古代

洞窟や住まいの壁に描く
ラスコーの洞窟には、馬や牛などの動物、人物、記号が描かれています。何のために描いたのかには、狩りのまじないなど複数の説があり、一つの目的に決めつけることはできません。
古代ローマでは、住宅の壁を絵で飾っていました。壁の向こうに建物や空間が続くように、陰影や遠近の表現で奥行きを見せる壁画もあります。
上の壁画は、古代ローマの別荘で、食事や集まりに使われたと考えられる部屋を飾っていました。弦楽器を弾く女性と、その後ろに立つ少女が描かれています。
現存するローマ絵画には、ポンペイなどで発見された住宅の壁画が多く含まれます。そのため、ここに載せた富裕層の別荘の一例から、古代の絵すべてを想像することはできません。ローマの壁画にも、奥行きを強く見せる描き方だけでなく、単色の地に細い装飾や小さな風景を配する描き方がありました。時代が進むほど現実そっくりになる、という一本道ではないのです。
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- メトロポリタン美術館Roman Painting別タブで開く
- メトロポリタン美術館Wall painting from Room H of the Villa of P. Fannius Synistor at Boscoreale別タブで開く
中世

祈りのために、聖母や聖人を描く
中世のビザンティンは、古代ローマ帝国を受け継いだキリスト教の国です。ビザンティンのイコンは、キリストや聖母、聖人を表す聖なる画像で、祈りと深く結びついていました。13世紀のイタリアには、その影響を受けた金地の板絵があります。
1300年前後に活躍したジョットは、人物の体の厚みや感情、場面の奥行きを感じさせる表現を進めました。
上の《聖母子》で、聖母が子どもを指すのは、キリストが救いへの道であると示す身振りです。ジョットも聖母やキリストの物語を描きました。信仰の主題を保ちながら、人物の体や感情の表し方が変わっていったのです。

ジョットの《東方三博士の礼拝》では、ひざまずいた王が幼子を抱き上げ、聖母が心配そうな表情を見せます。金の背景を残しながら、身振りや表情で人間らしい場面を伝えている点が、先の《聖母子》との違いです。ここで比べたのは13〜14世紀のイタリアの例であり、長い中世やヨーロッパ全体を一つの描き方で代表させることはできません。
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- メトロポリタン美術館Byzantium (ca. 330–1453)別タブで開く
- メトロポリタン美術館Icons and Iconoclasm in Byzantium別タブで開く
- メトロポリタン美術館Italian Painting of the Later Middle Ages別タブで開く
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- メトロポリタン美術館The Adoration of the Magi別タブで開く
ルネサンス

人物や空間を、現実らしく描く
ルネサンスは「再生」を意味し、主に14〜16世紀のイタリアなどで、古代ギリシャ・ローマの芸術や学問への関心が高まった動きです。古代の彫刻から学ぶことも、人の体を説得力のある姿で描く手がかりになりました。
15世紀のフィレンツェでは、遠くへ延びる線を一つの点に集め、平面に奥行きを表す遠近法が整えられました。一方、北ヨーロッパのネーデルラントでは、油絵の技法が発達し、目に見えるものを細かく表す工夫が進みました。宗教画も引き続き重要で、聖書の物語を自然な人物や空間で伝えることが求められました。
《アルノルフィーニ夫妻像》では、犬の毛まで細かく描かれ、奥の鏡には夫妻の背中や入口の人物が映っています。部屋の奥行きだけでなく、小さなものの質感にも、現実らしさを生む工夫が見られます。

レオナルドの《モナ・リザ》では、薄い絵具の層を重ね、明るい部分から暗い部分へ滑らかに移るように描かれています。輪郭を煙のようにぼかす、この表現はスフマートと呼ばれます。細部をくっきり描く方法と、境目を柔らかくする方法。同じ現実らしさにも、異なる近づき方があります。
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- ナショナル・ギャラリー(ロンドン)Tour: Renaissance masterpieces別タブで開く
- ナショナル・ギャラリー(ロンドン)Perspective別タブで開く
- ナショナル・ギャラリー(ロンドン)The Arnolfini Portrait別タブで開く
- ルーヴル美術館Portrait de Lisa Gherardini, dit La Joconde別タブで開く
バロック

光と影で、場面を印象づける
17世紀から18世紀半ば頃に広がったバロックには、強い光と影、劇的な動きで見る人を引き込む表現が見られます。カトリック教会や王侯は、その重要な注文主でした。
ただし、同じ頃の北ヨーロッパでは、日々の暮らしを描く風俗画も盛んでした。フェルメールらは、室内の光や秩序、私的な時間を静かに描いています。絵を買ったのは王侯だけでなく、都市の市民や職人たちでもありました。
《いかさま師》では、左の若者が手札に見入る間に、中央の男が仲間へ合図を送り、右の男が背中に隠した札を取り出そうとしています。目線と手の動きをたどると、だます側と気づかない側の駆け引きが読み取れます。

フェルメールの《牛乳を注ぐ女》では、流れる牛乳のほかは時間が止まったように見え、働く女性は彫像のようにどっしり描かれています。光を表す小さな色の点も使われています。《いかさま師》の駆け引きと比べると、動きだけでなく静けさでも人を引き込めると分かります。同時代の絵を一律に「派手で劇的」と考えず、描かれた場所や暮らしにも目を向けると理解しやすくなります。
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真珠の耳飾りの少女ヨハネス・フェルメール出典・画像情報を確認する
- スコットランド国立美術館群Baroque別タブで開く
- メトロポリタン美術館Genre Painting in Northern Europe別タブで開く
- キンベル美術館(Google Arts & Culture 掲載)The Cardsharps別タブで開く
- アムステルダム国立美術館The Milkmaid別タブで開く
ロココ

恋愛やくつろぎを、軽やかに描く
18世紀前半のフランスでは、曲線を多く使う軽やかな装飾様式、ロココが広まりました。ルイ14世の死後、宮廷の人々がパリへ移り、壮大な宮殿とは違う、優雅で親密な室内の装いが好まれたことも背景にあります。
ヴァトーやブーシェ、フラゴナールは、恋愛や貴族の遊び、くつろぎの場面を描きました。
《読書する娘》では、黄色い服や紫がかったクッションが、のびやかな筆の跡で描かれています。色をなめらかに塗り均すだけでなく、混ぜ切らない筆の跡を残す描き方にも、軽やかな印象を生む工夫が見られます。

ヴァトーの《メズタン》は、当時のパリでも親しまれたイタリア喜劇の役柄を描いています。背後で女性像が背を向けていることは、報われない恋をほのめかすと所蔵館は説明しています。《読書する娘》のくつろいだ姿に対し、こちらには恋の切なさを読む余地があります。ロココを明るい遊びの絵だけと捉えず、身近な時間や感情をどう表したかまで見ると、その幅が伝わります。
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新古典主義

古代の美術を手本に、形を整える
18世紀後半、古代の遺跡や美術への関心が再び強まり、新古典主義が広がりました。調和や簡潔さ、釣り合いのよい形が重視されました。
背景には、考古学的な発見と、古代の建築や作品を直接見る機会の広がりがあります。遺跡を紹介する図版もヨーロッパで流通し、古代の姿を知る手がかりになりました。
《ソクラテスの死》は、哲学者が信念を曲げずに毒杯を受け取る場面です。人物を横に連ねた構図の中で、身振りや表情がそれぞれの反応を伝えます。ここでは古代の物語が、人の生き方や信念を問う主題になっています。

同じダヴィッドの《ラヴォワジエ夫妻の肖像》は、古代の英雄ではなく、同時代の科学に携わる夫婦を描いた作品です。妻マリー=アンヌも実験の記録や図版制作を担っていました。画中の実験器具にも注目すると、夫婦の仕事や知的な関心を伝える肖像として読めます。古代を手本にした画家でも、扱う主題が古代に限られたわけではありません。
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- メトロポリタン美術館Neoclassicism別タブで開く
- メトロポリタン美術館The Death of Socrates別タブで開く
- メトロポリタン美術館Antoine Laurent Lavoisier and Marie Anne Lavoisier別タブで開く
ロマン主義

感情や自然の力を描く
1800年前後から19世紀半ば頃のロマン主義では、想像力や感情が重視されました。自然を、穏やかな景色だけでなく、人の力では制御できないものとして描く画家もいました。
ターナーの嵐や難破の表現も、その例です。新古典主義とロマン主義の境目は明確ではなく、新古典主義の画家ダヴィッドに学んだ人々からも、ロマン主義的な表現が生まれています。
上の《吹雪》では、風や波の曲線が渦をつくり、中央の船を包み込んでいます。船の形を確かめるだけでなく、人間が自然の力に翻弄されるような感覚を味わう絵として見ると、画面の激しさが伝わります。

ドイツのフリードリヒの《海辺の修道士》では、広い海と空に対し、浜辺の人物が小さく置かれています。ターナーの渦巻く嵐と違い、動きの少ない画面です。それでも、人間に対する自然の大きさを意識させる点で比べられます。激しい場面だけがロマン主義ではありません。静かな景色から孤独や自然への畏れを感じるのも、作品を読む一つの手がかりです。
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- フリスト美術館J.M.W. Turner: Quest for the Sublime — Educator Resource Guide別タブで開く
- ベルリン国立美術館群The Monk Has Returned別タブで開く
写実主義

英雄だけでなく、身近な人を描く
19世紀半ばのフランスで、クールベは身近な人々を大きな画面に描き、歴史や神話を上位に置く絵画の序列に挑みました。ミレーも、農民の労働を重みのある姿で描きました。
ここでの写実主義は、単に写真のように細かく描くことではなく、同時代の現実を絵の主題にする動きです。身の回りの生活を描く姿勢は、マネや印象派にもつながります。
《落穂拾い》の3人が拾うのは、収穫後に残された麦の穂です。遠くの豊かな収穫と、手前でかがんで働く貧しい女性たちが対比されています。農村の穏やかな景色だけでなく、そこで暮らす人々の境遇の違いも描かれています。

クールベの《オルナンの埋葬》は、故郷の人々の葬儀を、従来なら歴史上の大事件などに使われる大きな画面に描いた作品です。誰を、どれほど大きく描くに値すると考えるかが、ここでは問われています。1848年の革命後の社会では、働く人々の立場への関心も高まっていました。《落穂拾い》と合わせて見ると、描写の細かさだけでなく、絵の中心に立つ人の変化が見えてきます。
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印象派

明るい色と筆の跡で、光を描く
1874年、モネやドガ、ピサロらはパリで自主的な展覧会を開きました。描き方は一様ではありませんでしたが、公式の展覧会から独立して作品を見せようとする点でつながっていました。
短い筆の跡や明るい色、色を帯びた影は、印象派の絵に見られる特徴です。近代の暮らしや余暇も主題になりました。即興で描いたように見えても、構図をよく練った作品があるので、すべてが屋外で一息に描かれたわけではありません。
鉄道の発達でパリ郊外への行楽が身近になり、そこで過ごす人々も絵の題材になりました。《日傘をさす女》の白い服には、青や灰色、黄色が使われています。風に流れるベールや自由な筆の跡から、屋外の光と動きが感じられます。

ドガの《ダンス教室》は、踊り子や付き添いの母親たちが試験を待つ、想像上の稽古場を描いたものです。画家は手前の人物を描き直すなど、構成を練っていました。屋外の光を描くモネと、室内の人の姿を組み立てるドガ。同じ展覧会に参加した画家でも、制作の関心や方法は違っていたのです。
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- メトロポリタン美術館Impressionism: Art and Modernity別タブで開く
- ナショナル・ギャラリー・オブ・アートWoman with a Parasol — Madame Monet and Her Son別タブで開く
- メトロポリタン美術館The Dance Class別タブで開く
ポスト印象派

色や形を、それぞれの方法で描く
19世紀末、ゴッホ、ゴーギャン、スーラ、セザンヌらは、それぞれ独自の表現を探りました。ポスト印象派は、そうした画家たちを後からまとめた呼び名で、同じ目標を掲げた一つの集団ではありません。
ゴッホは鮮やかな色や厚い筆触を使い、スーラは色の見え方の理論を踏まえて、小さな点を並べました。こうした試みは、20世紀のフォーヴィスムやキュビスムにも影響を与えました。
セザンヌの《リンゴの籠》では、テーブルの左右がずれ、瓶も傾いています。果物や布には厚い筆の跡があり、重みのある形がつくられています。目の前の光を追うだけでなく、画面の中で形をどう組み立てるかにも関心が向けられた例です。

ゴッホの《星月夜》には、実際の景色の観察だけでなく、その窓からは見えなかった村なども組み合わされています。夜空の絵ですが、制作は昼間に数回に分けて進められました。セザンヌの静物と並べると、形の組み立てや、うねる線と色という異なる工夫が見えてきます。どちらも、その場の見え方をそのまま写すだけではない表現の例です。
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- メトロポリタン美術館Post-Impressionism別タブで開く
- シカゴ美術館The Basket of Apples — collection API別タブで開く
- ニューヨーク近代美術館The Starry Night別タブで開く
20世紀初め
見たままの色や形から離れる
20世紀初めのフランスでは、マティスやドランらが、現実の色に縛られない強い色彩を用いました。この動きはフォーヴィスムと呼ばれます。
一方、ピカソとブラックが進めたキュビスムでは、物の形を幾何学的に分け、組み合わせて描きました。一つの物を複数の視点から見た形が、同じ画面に現れることもあります。
マティスはゴッホやゴーギャン、セザンヌらの表現を学び、ブラックもセザンヌを手本に風景画を描きました。新しい表現も、前の世代と切り離されて生まれたわけではありません。色や形を使う試みが、さまざまな方向へ広がっていきました。

フランス以外にも目を向けると、ウィーンで活動したシーレがいます。《ホオズキの実のある自画像》では、鋭い線やこちらを見る目、赤い実が印象をつくります。写真のような似姿だけでなく、人物の緊張感を読む一例です。

クレーは、単純な形や記号、色を組み合わせる表現を探りました。《落ちる鳥》では、鳥の形と下向きの矢印、重なる色の面を見比べられます。シーレとクレーは、先に述べたフランスの二つの流派を代表する図版ではなく、同時代の別の試みとして挙げています。
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- メトロポリタン美術館Fauvism別タブで開く
- メトロポリタン美術館Cubism別タブで開く
- レオポルド美術館Self-Portrait with Chinese Lantern Plant別タブで開く
- メトロポリタン美術館Paul Klee (1879–1940)別タブで開く
- メトロポリタン美術館Falling Bird別タブで開く