何が描かれているか
赤い夕日と台風の迫る海の中を、奴隷船が遠ざかっていく。
手前の波間には、鎖につながれた手足と魚や海鳥が見える。船は画面右奥へ傾きながら進み、鑑賞者に近い手前には鎖のついた手足が波間に残される。海鳥や魚もその周囲に集まり、美しい夕景だけでは済まない出来事を示す。
作品の見どころ
船を遠くへ小さく置き、鑑賞者の近くに犠牲者の身体を描くことで、視線を海の美しさだけに留めさせない。
赤、橙、黄の激しい筆触が夕焼けと嵐を一体にし、人間の暴力と自然の暴力を重ねる。水平線や波の輪郭は安定せず、赤、黄、褐色の絵具が空と海をまたいで渦巻く。船を小さく遠ざける構図によって、加害の場から取り残された身体が視線の中心になる。
制作背景
1840年作。所蔵館は、1781年にゾング号で病気の奴隷が海へ投げ捨てられた事件と、18世紀の詩を背景資料として挙げている。
船長が保険金を得るため人命を捨てた事件を踏まえ、奴隷制をめぐる同時代の議論へ強く働きかける作品になった。背景にあるゾング号事件を踏まえても、1781年の特定の瞬間を資料どおり再現した絵ではない。事件と同時代の奴隷制廃止論を結び、1840年の観客へ訴えるための作品として見る。