1888年
淡い黄色の壁を背に、黄色い花瓶へ挿された15本のひまわり。花瓶に Vincent の署名がある。
ひまわり(ロンドン)
Sunflowers / ロンドン・ナショナル・ギャラリー
この主題を彼は7点描いた。うち1点は第二次大戦で焼け、1点は個人蔵のまま長く公開されていない。いま見られるのは5点だけである。ロンドンとアムステルダムに1点ずつ。あとはミュンヘン、フィラデルフィア、東京にある。焼けた1点は1921年に日本の収集家が買ったものだった。描き始めたのは、友人の画家を迎えるために家を飾ろうとしたからである。
何が描かれているか
淡い黄色の壁を背に、黄色い花瓶へ15本のひまわりがしてある。花瓶には「Vincent」とだけ署名がある。姓が発音しにくいと言われたので、名前だけを書いた。
15本は、それぞれ違う時期にある。左下のひとつはまだつぼみで、7本が満開、残る7本は花びらを落として種になりかけている。
筆の運びも花に合わせて変えてある。花びらや茎には長い線を沿わせ、種の詰まった中心には絵の具を厚く点でった。19世紀に出てきた、固さのある新しい油絵の具でなければできない盛り方である。
なぜ重要か
「ひまわりは私のものだ」——ゴッホはそう言い切った。死後まもなく彼は「ひまわりの画家」として知られるようになり、それは今も変わらない。ひとつの花とこれほど強く結びついた画家は、ほかにいない。
花の一生をそのまま並べて見せる描き方は、17世紀オランダの花の絵の伝統につながる。人の営みはいつか終わる、と告げる絵の系譜である。ゴッホ本人は1890年、批評家アルベール・オーリエに宛てて、この絵は「感謝」を表しているのだと書いた。
制作背景
1888年8月、35歳。ゴッホはアルルで借りた「黄色い家」を飾るために、この連作れんさくを描き始めた。友人の画家ポール・ゴーギャンが訪ねてくることになっていたからである。
ゴーギャンがひまわりの絵を気に入っていることを、ゴッホは知っていた。弟テオへの手紙にはこうある。「アトリエのための飾りをやりたい。大きなひまわりだけの」。実際には仕事場ではなく、ゴーギャンが使う客間に、この絵とミュンヘンにある1点を掛けた。
ひまわりは全部で7点ある。うち4点は1888年8月に、残る3点は翌年1月に描かれた。1点は個人蔵で長く公開されておらず、もう1点は1921年に日本の収集家が買ったが、第二次大戦で焼失した。いま公開されているのは5点である。ロンドン・ナショナル・ギャラリー。アムステルダムのファン・ゴッホ美術館。ミュンヘンのノイエ・ピナコテーク。フィラデルフィア美術館。そして東京のSOMPO美術館。
⚠️ いまロンドンには無い
2026年8月30日に館のページで確かめた時点で、この絵はフィラデルフィア美術館へ貸し出されている。所蔵がロンドン・ナショナル・ギャラリーであることは変わらない。⚠️ 貸出は入れ替わるので、見に行く前に館のページで確かめること。
寸法
92.1 × 73 cm
材質・技法
カンヴァスに油彩ゆさい
所蔵
ロンドン・ナショナル・ギャラリー
目録
NG3863(1924年、コートールド基金により購入)
出典:ロンドン・ナショナル・ギャラリー 作品ページ2026-08-29 確認)