画家としての自画像
Self-Portrait as a Painter / ファン・ゴッホ美術館
パリで手がけた最後の作品である。この直後に南フランスへ発つ。ひまわりも星月夜も、すべてこの絵より後に生まれた。34歳。画家として残された時間は、あと2年半だった。手にしたパレットには絵の具が絞り出されていて、自分の道具の上に自分の絵の理屈を並べて見せた自画像になっている。パレットの上には、並べると互いを強く見せ合う色が3組そろえてある。それがそのままこの絵の色でもある。
何が描かれているか
絵を立てかける台の後ろに立ち、絵の具を混ぜる板(パレット)と筆を手にしてこちらを見ている。自分を「画家」として示した1枚である。
色を混ぜずに、明るいまま隣り合わせに置いてある。パレットに乗っているのは、赤と緑、黄と紫、青と橙——並べると互いを強く見せる組み合わせで、この絵に使った色そのものだ。上着の青と、髭の赤みがかった橙も、その一組である。
顔つきは険しい。ゴッホは妹のウィルに、自分をこう描いたと書き送っている。「額と口のまわりに皺、こわばって木のよう、真っ赤な髭、かなり手入れをしていなくて、悲しげ」。
なぜ重要か
色を混ぜずに隣り合わせに置く——この描き方が、当時の「新しい絵」だった。ゴッホはそれを、ほかでもない自分の顔で実演している。上手に似せることより、自分がどういう画家であるかを見せるための1枚である。
これはパリで描いた最後の作品でもある。街での日々は、ゴッホを心も体も消耗させていた。この直後、彼は南フランスのアルルへ発つ。ひまわりも黄色い家も星月夜も、すべてこの絵より後に生まれている。34歳、画家として残された時間はあと2年半だった。
制作背景
1887年12月から翌年2月にかけて、34歳のときにパリで描かれた。
ファン・ゴッホ美術館によれば、これはパリで手がけた最後の作品である。館は理由もはっきり書いている——この街は彼を、心も体も使い果たさせた。
補色という言葉がある。色の輪の反対側どうしにある組み合わせのことで、並べて置くと互いをいっそう強く見せる。パレットに絞り出された赤と緑、黄と紫、青と橙は、ちょうどその3組にあたる。そしてそれは、この絵に使われている色そのものである。ゴッホは自分の道具の上に、自分の絵の理屈を並べて見せたことになる。
目録
s0022V1962(F0522・JH1356)
出典:ファン・ゴッホ美術館 作品ページ / ファン・ゴッホ美術館《黄色い家》作品ページ(アルル移住の裏づけ)(2026-08-29 確認)