1889年1月
毛皮の帽子をかぶり、右耳に白い包帯を巻いた画家の自画像。緑の外套を着て、背後の壁に日本の版画が掛かっている。
耳に包帯をした自画像
Self-Portrait with Bandaged Ear / コートールド美術館
病院を出て1週間後に描いている。前の月、一緒に暮らしていたポール・ゴーギャンと激しく言い争い、その数週間後に自分の左耳の大部分を切り落とした。包帯が右耳にあるのは、鏡を見て描いたからである。背後には、描きかけのカンヴァスを載せた台と日本の版画はんがが見える。どちらも、まだ描き続けるという合図になっている。⚠️ この作品だけは、館が寸法も材質も目録番号も公開していない。
何が描かれているか
毛皮の帽子をかぶり、右耳に白い包帯を巻いている。実際に切り落としたのは左耳のほうである。鏡を見ながら描いたので、画面では左右が入れ替わっている。
背後に2つのものが置かれている。描き始めたばかりのカンヴァスを載せたイーゼルと、日本の版画である。どちらもゴッホにとって、描き続ける意思そのものを表す品だった。窓の縁と壁で、画面は3つの色の帯に分かれている。
帽子は買ったばかりだった。厚い包帯を押さえるためと、冬の寒さをしのぐためである。1889年1月の、彼の暮らしの厳しさがそのまま形になって残っている。
なぜ重要か
病院を出て1週間後に、彼はこの絵を描いた。前の月、南フランスのアルルで事件が起きている。一緒に暮らしていた画家ポール・ゴーギャンと激しく言い争い、その数週間後に自分の左耳の大部分を切り落とした。病院から戻ると、ゴーギャンはもういなかった。
一緒に去ったのは、「南のアトリエ」の夢である。同じ考えの画家が集まって、意見を交わしながら並んで描く——その計画は消えた。それでも彼は、病院を出た1週間後に絵筆を持った。この自画像は、描き続けるという意思の証拠になっている。
制作背景
1889年1月、35歳。南フランスのアルルで、病院を出た1週間後に描かれた。
絵の後ろにある2つのものには、意味がある。イーゼルに載ったカンヴァスは描き始めたばかりで、これから描くという合図である。壁の日本の版画は、彼が繰り返し手本にしてきたものだ。どちらも、仕事がまだ途中であることを示している。
コートールド美術館は、色と筆づかいそのものが画家としての野心を語っている、と説明している。事件の生々しさより、そちらを前に出した見方である。
⚠️ 寸法・材質・目録番号がわからない
コートールド美術館は、この作品のページに寸法・材質・目録番号を載せていない。ほかの資料には数字が出回っているが、館が出したものではないので、このサイトには書かない。分かり次第ここを埋める。
寸法
⚠️ 館が公開していない
材質・技法
⚠️ 館が公開していない
所蔵
コートールド美術館(ロンドン)LVMHグレート・ルーム/3階
目録
⚠️ 館が公開していない
出典:コートールド美術館 作品ページ2026-08-29 確認)