療養所を出る前夜に描かれた花の絵が、20世紀の歴史を引きずっている。持ち主は1938年にアメリカへ亡命した。残された絵は翌年、エッセンの街でナチスに押収されている。遺族の手に戻ったのは1950年、押収から11年が経っていた。いま白く見える花も、描かれた当時はピンクだった。赤い色の材料が、年月のあいだに抜けている。
何が描かれているか
緑の花瓶に、白いばらの大きな束。淡い緑がかった背景の前に置かれている。縦長の画面である。
この白も、もとの色ではない。テーブルの上と花びらに、ピンクの跡がわずかに残っている。ゴッホ自身は「緑がかった黄色の背景に、緑の花瓶に入ったピンクのばらの絵」と書いていた。
つまり描かれた当時は、ピンクのばらだった。年月のあいだに赤い色が抜け、いま私たちが見ているのは白いばらである。同じ時期に描かれた3点の《アイリス》でも、まったく同じことが起きている。晩年のゴッホが使った赤い材料は、光に弱かった。
なぜ重要か
1890年5月、サン=レミの療養所を離れる前夜、ゴッホは例外的な4点組の静物画を描いた。この《ばら》と、同じ美術館にある横長の《アイリス》は、その2点にあたる。療養所で過ごした1年のうち、これだけの意欲で静物に取り組んだのは、この数日だけである。
4点は別々に思いついたものではなく、ひとつづきの組として構想されたものである。縦長のアイリスがアムステルダムに、横長のばらがワシントンにある。4枚をそろえて見る機会は、めったにない。
制作背景
1890年5月、37歳。サン=レミの療養所を出る前夜に描かれた。
この絵には、制作とは別の歴史がある。持ち主はゲオルク・ジーモン・ヒルシュラントという人物だった。1938年、彼はアメリカへ亡命する。翌1939年、残された絵はエッセンの街でナチスに押収された。
絵が遺族の手に戻ったのは1950年、ニューヨークでのことである。押収から11年が経っていた。療養所を出る前夜に描かれた花の絵が、半世紀のあいだに、20世紀の歴史をそのまま引きずることになった。
出典:メトロポリタン美術館 作品ページ(2026-08-29 確認)