1655年
22〜23歳
ひざまずいた聖女が、殉教者の血を海綿から壺へ絞っている。左下に署名と年記。
聖プラクセディス
Saint Praxedis / 国立西洋美術館(寄託)
1969年、この絵はメトロポリタン美術館の展覧会に並んだ。ただしフェルメールの作としてではない。イタリアの画家フィケレッリのものとされていた。1990年になると、フェルメールの名で展示される。1995年に始まった大回顧展では、二十点あまりの目録の一番目に置かれた。同じ絵である。四半世紀のあいだに、作者が入れ替わったことになる。決着はまだついていない。
何が描かれているか
深い赤の衣を着た若い女が、床にひざまずいている。両手で海綿をしぼり、足もとのつぼへ血を落としている。壺は青灰色で、金色の把手と口をもつ。
同じ手のあいだに、小さな金の十字架を胸へ押しあてている。肩から胸にかけては白い布、そで口にも白いひだが重なる。
左後方の地面には、首を失った体が横たわっている。右手には青い空と石造りの建物、その奥の入口に小さな人影が見える。左下に「Meer 1655」と署名と年記がある。
なぜ重要か
プラクセディスは古代ローマの聖女で、殺された信者の血を集めて葬ったと伝えられる。この絵はフェルメールが考え出した図柄ではない。フィレンツェの画家フェリーチェ・フィケレッリが描いた同じ主題の絵があり、これはそれに倣ったものである。
倣った絵であることが、かえって議論の的になっている。イタリアの絵をオランダの画家がどこで見たのか。研究者のあいだでは、フェルメールがイタリアの絵に触れていた証拠だとする見方と、別人の手によるものだとする見方が並んでいる。
制作背景
記録に現れるのは1943年、ニューヨークのエルナとヤコブ・レーダー夫妻の所有としてである。1969年にメトロポリタン美術館で開かれたイタリア・バロックの展覧会には、フィケレッリの作として出品された。
1987年にバルバラ・ピアセツカ・ジョンソンの手に渡り、1990年のワルシャワ、1991年のクラクフでは、フェルメールの名で展示される。1995年にワシントンとデン・ハーグで開かれたフェルメール展では、目録の一番目に置かれた。
批評は割れたままである。1996年のバーリントン・マガジンは留保つきの帰属とし、1998年には誤った帰属だとする論文も出た。2014年にロンドンの競売にかけられ、同じ年から東京の国立西洋美術館に寄託されている。
寸法
101.6 × 82.6 cm
材質・技法
カンヴァスに油彩ゆさい
所蔵
国立西洋美術館(東京)/個人からの寄託
目録
DEP.2014-0001
ほか
帰属に議論がある
出典:国立西洋美術館 収蔵品データベース2026-08-29 確認)