1665年頃
32〜33歳
暗い背景から振り返る少女。青と黄のターバンを巻き、耳に大きな真珠が下がる。
真珠の耳飾りの少女
Meisje met de parel / マウリッツハイス
1881年まで、この絵は世に知られていなかった。デン・ハーグの競売に出た時は汚れがひどく、誰の作かも分からない。落札されたのは2ギルダー30セントだった。いま世界中から人が見に来る絵に、当時それだけの値しか付かなかったことになる。館はこれを肖像画ではなく、ある型を描いた頭部画だとしている。実在の誰かに似せるための絵ではない。
何が描かれているか
若い女性が肩越しにこちらを見ている。首をわずかにかしけ、灰青の目に光があり、唇は少し開いて濡れている。頭に巻いているのは青と黄、2枚の布で組んだターバンで、耳に真珠が下がる。この大きすぎる宝石が画面の中心にあり、題もそこから来ている。
真珠は、本物にしては大きすぎる。ガラスの模造品に艶消しのニスを塗ったものかもしれないし、フェルメールが想像で描いたのかもしれない、とマウリッツハイスは書く。描き方も驚くほど単純である。館によれば、筆を置いたのはほとんど2回だけ。左上に明るい点をひとつ、下側に白い襟が映り込んだやわらかい反射をひとつ。吊るす金具さえ描かれていない。
顔は輪郭りんかくを作らず、ごく緩やかな移り変わりだけで立体になっている。筆の跡は見えない。一方、服はもっと大まかに置かれ、光の反射を思わせる小さな点が散らしてある。館はこれをフェルメールの目印のひとつだとする。それでも素材の違いははっきり描き分けられていて、白い襟は絵の具をり上げ、ターバンには高価な顔料がんりょうウルトラマリンを乾いた調子で使っている。
なぜ重要か
これは肖像画ではない。館ははっきりそう書いている。17世紀のオランダで「トロニー」と呼ばれた種類の絵で、誰か特定の人を似せて描くためのものではない。ある性格や型を代表する頭部を研究する絵である。モデルはいたはずだが、目的はその人の似姿ではない。
17世紀のオランダの娘は、ターバンを巻かない。この被り物によって、フェルメールは彼女に東方の気配を与えている。トロニーという形式を広めたのはレンブラントで、1630年頃から何十点も描いた。自分自身をモデルにして、変わった帽子や兜をかぶることも多かった。
制作背景
この絵が世に知られるようになったのは、意外に遅い。1881年、デン・ハーグの競売に出るまで、一般には知られていなかった。下見の日に、文化行政官ヴィクトル・デ・ステュルスが目を留める。同行していたのは、友人で隣人でもあった収集家のデ・トンブだった。
伝えられている話では、絵はひどく傷んでいたのに、デ・ステュルスがフェルメールだと見抜いたという。別の伝えでは、絵が汚れすぎていて判断できず、洗浄で署名が現れて初めて作者が分かったともいう。どちらが本当かは分かっていない。確かなのは、2人が競り合わないと約たばしたことである。デ・トンブは2ギルダー30セントで手に入れた。
1885年、デ・トンブの自宅でこの絵を見た人物が、後にマウリッツハイスの館長となるブレディウスである。彼はこう書いた。「フェルメールが他のすべてを覆い隠してしまう。あまりに見事に肉づけされた少女の頭部。絵を見ていることを忘れかけるほどだ。その頭部と、あのただ一筋の光だけで、目が離せなくなる」。デ・トンブは1902年に亡くなり、秘密の遺言ゆいごんで12点をマウリッツハイスに遺した。この絵はその中にあった。
寸法
44.5 × 39 cm
材質・技法
カンヴァスに油彩ゆさい
所蔵
マウリッツハイス(デン・ハーグ)
目録
670
出典:マウリッツハイス 作品ページ2026-08-29 確認)