1540年代後半–1550年
70〜75歳
聖ペテロの磔刑。逆さの十字架が起こされる途中で、ペテロが体をひねってこちらを見ている。周囲には兵士や見物人が集まる。
聖ペテロの磔刑たっけい
Crocifissione di san Pietro / パオリーナ礼拝堂(バチカン宮殿)
十字架にかけられたペテロが、こちらへ顔を向けている。磔刑とは、十字架にかける刑のこと。この絵では身体が逆さになっているが、その顔は見る側に向く。身体の向きと視線の向きを分けて追うと、場面への近づき方が変わる。ただ苦しむ人を遠くから眺めるのではなく、視線を返される場面として見てみたい。まずは顔の向きから目を離さずに眺めたい。
何が描かれているか
ペテロは、逆さの十字架にかけられている。磔刑とは、十字架にかける刑のことだ。この絵は十字架が起こされる途中の場面として説明されている。身体は逆さでも、ペテロは顔をこちらへ向ける。身体の向きと顔の向きを別々に追うと、見る側へ視線が返ってくるように感じられる。
隣の場面の一部ではなく、パオリーナ礼拝堂の一方の側壁を占める作品で、向かいには《聖パウロの回心》がある。あちらのサウロは顔に上からの光を受ける。こちらのペテロは、顔を画面の外へ向ける。二人の顔がどこを向いているかを比べると、それぞれの場面を区別しやすい。
なぜ重要か
大きな壁画の背後には、紙の上での準備もある。メトロポリタン美術館は、この作品のための原寸大の下絵を紹介している。原寸大とは、実際に描く大きさに合わせること。完成画だけを見ていると気づきにくいが、人物を大きな壁へ配置するための準備が、別の資料として残っている。
向かい合う壁画には、見る人がその間に立つという関係がある。教皇とその側近たちの祈りの場として説明される礼拝堂で、二つの場面が向き合っているのだ。ペテロの表情を怒りや疑いの一語に決めるより、顔の向きが、作品を見る自分とどう関わるかを考えてみたい。
制作背景
制作は1540年代後半から1550年にかけて。バチカンの礼拝堂史では、回心図に続いて1545年に着手したとされる。制作は順調に続いたわけではなく、同館の説明には1546年の夏に体調悪化による中断が記録されている。1550年に、ミケランジェロのこの礼拝堂での仕事は終わった。
ただし、それは礼拝堂の装飾すべてが完成したという意味ではない。後にはサバティーニやズッカリらも装飾に加わっている。礼拝堂全体の写真を見るときは、この壁画と向かいの回心図をまず見分けたい。周囲の絵や飾りを、すべてミケランジェロの作と考えないためでもある。
制作開始年は幅を持たせています
バチカンの礼拝堂史は、1545年7月に《聖パウロの回心》を終えた直後に着手し、1550年3月に制作を終えたと説明しています。
制作
1545年7月直後–1550年3月(バチカンの礼拝堂史)
所在
パオリーナ礼拝堂(バチカン宮殿)
向かい側
《聖パウロの回心》
画像
Web Gallery of Art由来の全景複製ふくせい
出典:ローマ教皇庁 パオリーナ礼拝堂 / バチカン美術館 パオリーナ礼拝堂の歴史 / ベネディクト16世 2009年7月4日説教 / メトロポリタン美術館 ミケランジェロ展2026-09-05 確認)
表示画像はWikimedia CommonsのPD-Art複製です。米国外では忠実複製の扱いに法域差があり得ます。
画像:ミケランジェロ聖ペテロの磔刑》/Michelangelo, The Crucifixion of Saint Peter, Pauline Chapel. Reproduction: Web Gallery of Art, via Wikimedia Commons. PD-Art / Public Domain Mark 1.0; jurisdiction note applies.
画像の出典 / Public Domain Mark 1.0(法域注意)(画像情報:2026-09-05 確認)
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