1542–1545年(バチカンの礼拝堂史による)
67〜70歳
聖パウロの回心。上方のキリストから光が差し、地面に倒れたサウロの周囲で馬と人々が驚いて動く。パオリーナ礼拝堂の壁画。
聖パウロの回心(サウロの回心)
Conversione di Saulo / パオリーナ礼拝堂(バチカン宮殿)
倒れた人の顔を、上からの光が照らしている。描かれているのはサウロ、つまりパウロである。回心とは、ここではキリストへの信仰へと導かれること。難しい題名を先に覚えるより、光と顔との関係を見てみたい。人の内側で起こる信仰の転換を、この絵は身体と光のある場面として見せている、と読むことができる。光をたどることが、主題を知る入口になる。
何が描かれているか
地面に倒れたサウロの顔に、上から光が届く。サウロはパウロの別名で、回心とは、ここではキリストへの信仰へと導かれることだ。落ちた人の姿を描くだけでなく、信仰の転換を光と身体の関係として見せる場面、と読むことができる。
物語の前後は、聖書の『使徒言行録』9章を知ると分かりやすい。サウロは初め、キリストの弟子たちを捕らえるためにダマスコへ向かう。道中で天からの光に包まれて倒れ、イエスの声を聞く。その後、洗礼を受けた彼は、今度はイエスについて人々に語り始める。
なぜ重要か
この絵に向き合うときは、倒れた身体と光の届く顔をまず結びつけたい。聖書の物語では、それまで敵対していた相手へ向き直ることになる。事情を知る前には事故のように見えた場面が、生き方の方向が変わる場面として読める。これは宗教の物語を描いた絵であり、出来事の記録写真とは異なる。
設置場所はパオリーナ礼拝堂で、向かいの壁には《聖ペテロの磔刑たっけい》がある。2009年の再開時の説明では、教皇とその側近たちの祈りの場である。こちらは信仰へ導かれる場面、向こうは十字架にかけられる場面。二つを別々の画像で見るだけでは分かりにくい、空間のつながりがある。
制作背景
礼拝堂は教皇パウルス3世のもとで建てられた。教皇の名前と、絵の主人公であるパウロは別の人物だ。バチカンの礼拝堂史によれば、この壁画は1542年末から1545年7月に描かれ、その後にペテロの壁画へ進んだ。システィーナ礼拝堂の天井画とは、場所も時期も違う。
2009年の修復報告は、両壁画を覆っていた油とほこりの層を取り除き、鮮明な色を確認したと伝える。古い複製ふくせいで暗く見える場合も、その暗さをそのまま画家の気持ちに結びつけることはできない。絵を見るときには、描かれた後の状態の変化も関わってくる。
制作
1542年末–1545年7月(バチカンの礼拝堂史)
所在
パオリーナ礼拝堂(バチカン宮殿)
向かい側
《聖ペテロの磔刑》
画像
Web Gallery of Art由来の全景複製
出典:ローマ教皇庁 パオリーナ礼拝堂 / バチカン美術館 パオリーナ礼拝堂の歴史 / 米国カトリック司教協議会 使徒言行録9章 / ベネディクト16世 2009年7月4日説教2026-09-05 確認)
表示画像はWikimedia CommonsのPD-Art複製です。米国外では忠実複製の扱いに法域差があり得ます。
画像:ミケランジェロ聖パウロの回心(サウロの回心)》/Michelangelo, The Conversion of Saul, Pauline Chapel. Reproduction: Web Gallery of Art, via Wikimedia Commons. PD-Art / Public Domain Mark 1.0; jurisdiction note applies.
画像の出典 / Public Domain Mark 1.0(法域注意)(画像情報:2026-09-05 確認)
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