眠る女
A Maid Asleep / メトロポリタン美術館
戸口の向こうは、明るい別の部屋である。いま、そこには誰もいない。ところがエックス線で見ると、フェルメールは最初、そこに男を一人立たせて描いていた。それを自分で塗り消している。館は、そのせいでこの絵が何の場面なのか決まらなくなった、と書く。手がかりを一つ抜いたわけである。残ったのは、卓に伏せて眠る女ひとりだけになった。
何が描かれているか
若い女が卓に肘をつき、右手で頭を支えて眠っている。目は閉じ、口もとはわずかにゆるんでいる。赤茶の胴着に白い襟。
卓には濃い模様の敷物が掛かり、その上に青と白の鉢がある。中は林檎や桃。ふたの付いた白い水差しと、くしゃくしゃの白い布。左手前には倒れた杯があるが、館によれば、これは時とともにすり減って見えにくくなっている。
右には戸が開いていて、その先に明るい部屋が見える。赤い布を掛けた卓と、壁の暗い額。手前には黒い革を張り、真鍮の鋲を打った椅子が置かれ、背の頭に獅子が彫られている。左上の壁にも絵が掛かるが、下の端しか画面に入っていない。
なぜ重要か
17世紀のオランダでは、主人の目が届かないところで女中が羽目を外す場面が、よく描かれた。倒れた杯も、乱れた敷物も、その筋書きの部品である。館は、直前まで客がいたことを示すのかもしれない、と書いている。
ところがフェルメールは、そこから教訓を引き出していない。館の見方では、この絵はありふれた場面を、光と色と手ざわりを調べる仕事に変えてしまっている。戸口の男を消したことで、何が起きたのかは、もう決められない。
制作背景
館はこの絵を、フェルメールが家の中の場面に踏み出した最初の一枚かもしれない、としている。以後の生涯を、ほとんどそこに費やすことになる領域である。
その前に描かれたものとして、館は三つ挙げている。《ディアナとニンフたち》。エディンバラの《マルタとマリアの家のキリスト》。そして1656年の年記がある《取り持ち女》。神話と、聖書と、酒場の場面である。
この絵から先、フェルメールが描くのは、ほとんどが部屋の中にいる女になる。
出典:メトロポリタン美術館 作品ページ(2026-08-29 確認)