最後の晩餐
Il Cenacolo / サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ
何が描かれているか
イエスが「この中に私を裏切る者がいる」と言った、その直後。12人の弟子が一斉に動揺している場面だ。
中央のイエスだけが動かず、両手を開いて三角形の輪郭に収まっている。弟子は3人ずつ4つのかたまりに分かれる。左端のバルトロマイは、言葉を聞いて立ち上がりかけている。ペテロはナイフを握ったままヨハネに身を寄せ、「誰のことだ」と確かめようとする。右ではトマスが指を上に突き立て、フィリポは両手を胸に当てて悲しんでいる。
裏切るユダは、他の弟子から引き離されていない。同じテーブルの側にいて、肘をつきながらイエスから身を引いている。手には受け取った金を握っている。
なぜ重要か
レオナルドが一生をかけて追いかけた「心の動き」が、ここで頂点に達している。怒り・恐れ・驚き・悲しみが、12人の顔と手だけで描き分けられている。誰も台詞を持たないのに、誰が何を感じているか分かる。
部屋そのものが仕掛けになっている。絵の中の壁と天井の線をたどると、消失点——遠近法で線が集まる一点——がイエスの右のこめかみに来る。しかもその高さは床から4メートル。食堂に立った人の目線が、そのままイエスの顔に吸い寄せられる。
制作背景
ミラノの支配者だったスフォルツァに頼まれ、43歳から46歳にかけて、ある修道院の食堂の壁に描いた。壁画はふつうフレスコで描く。漆喰が乾く前に手早く塗る技法で、絵の具が壁そのものに染み込む。レオナルドはこれを嫌った。手早く描くと、後から直せないからだ。代わりに、板に絵を描くのと同じやり方を壁に持ち込んだ。顔料を卵黄と練り、乾いた白い下地の上に塗り重ねたのである。
おかげでゆっくり描けたし、光の効果も出せた。だが絵の具は壁に染み込まず、上に乗っているだけだった。剥がれ始めるのは早かった。1517年の記録に「腐り始めている」とあり、1568年には「輝く染みしか見えない」と書かれ、1625年には絵の具が剥がれ落ちていた。
18世紀から数えて修復は9回。古いやり方は失われた部分を描き足すものだったが、20世紀に入ると、欠けたまま守る考え方に変わった。最後の大きな修復は1977年から1999年まで続き、ピニン・ブランビッラ・バルチロンが、後の時代に塗り重ねられた絵の具を削り落として、レオナルド自身の筆だけを残した。
所蔵
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院 食堂(ミラノ)
出典:チェナーコロ・ヴィンチアーノ美術館 公式サイト(2026-08-29 確認)