1490年頃
白貂を抱く貴婦人。白い貂を抱いた若い女性が、画面の外を振り返るように体をひねっている。
白貂しろてんを抱く貴婦人
Dama z gronostajem / クラクフ国立美術館
何が描かれているか
白い小動物を抱いた若い女性が、体をひねって画面の外を見ている。動物は白てん。イタチの仲間で、冬に毛が白くなる。
描かれているのは16歳か17歳の姿である。顔は横顔でも正面でもない。クラクフ国立美術館は、彼女が画面の外にいる誰かを見ているために体がわずかにひねられ、そこから動きが生まれていると説明する。
光は右上の一方向だけから来る。美術館は、その一貫した明暗の付け方だけで立体が作られていると書く。背景はいま真っ黒だが、これは19世紀に塗り替えられたものだ。元は光でぼかされ、人物が薄暗がりから浮かび上がって見えた。
なぜ重要か
白貂に、意味がいくつも重なっている。純潔の象徴であること。この絵を注文したミラノ公が1488年にナポリ王から白貂の勲章を受け、「白い貂」と呼ばれていたこと。描かれた女性の姓が、ギリシャ語の貂に似ていること。そして美術館はもう一つ挙げる。この時すでに彼女が公の子を身ごもっていた可能性を指しているのかもしれない、と。
動物1匹に、道徳と、注文主と、モデルの名前と、二人の関係が畳み込まれている。知らなくても絵は成立するが、知ると幾重にも読める。
制作背景
描かれているのはチェチーリア・ガッレラーニ(1473年頃–1536年)。美術館が挙げるのは容姿だけではない。同時代の人は彼女を「学識ある女性」と呼び、古代のアスパシアやサッフォーに並べた。彼女自身が詩人で、「イタリア語の光」とまで言われている。その詩は、1篇も残っていない。
ミラノ公の愛人だったのは1489年から1491年まで。1491年に公の子を産み、チェーザレと名づけた。ところが同じ年の1月、公はベアトリーチェ・デステという貴族の娘と結婚する。チェチーリアと息子は宮廷を追われた。彼女は後にベルガミーノ伯と結婚し、その邸に移っている。
この絵の女性が誰なのか分かったのは、ずっと後である。彼女がイザベラ・デステという貴族に宛てた手紙などを調べて、ようやく特定された。1800年頃、アダム・イェジ・チャルトリスキという貴族がイタリアで買った。いまはクラクフにある。ポーランドにあるレオナルドは、この1点だけである。
寸法
54.8 × 40.3 cm
材質・技法
クルミ板に油彩ゆさいとテンペラ
所蔵
クラクフ国立美術館 チャルトリスキ館
目録
MNK-XII-209
ほか
ポーランドにある唯一のレオナルド作品
出典:クラクフ国立美術館 作品ページ2026-08-29 確認)