アイリス(ニューヨーク)
Irises / メトロポリタン美術館
療養所を自分から出ると決めた直前、ゴッホは春の花束をまとめて4点描いている。アイリスが2点、ばらが2点。寄せ集めではない。縦と横で画面の形を変え、色の対比も変えた、ひとつづきの組として構想されていた。1年の療養で、これだけそろった静物画はほかに無い。うち2点は、のちに画家の母の手元へ渡り、長くそこに置かれた。
何が描かれているか
壺に挿したアイリスの束が、横長の画面いっぱいに広がっている。アムステルダムにある縦長の《アイリス》と同じ月の絵で、同じ花を扱いながら、形も色の狙いもまるで違う。
ゴッホがここで狙ったのは「調和した、やわらかい」効果だった。「すみれ色」の花を「ピンクの背景」の前に置く——本人の言葉である。
ところがそのピンクは、いま見えない。褪せやすい赤い材料を使ったため、背景からも花からも赤みが抜けてしまった。描かれた当時と今とでは、この絵はかなり違って見えているはずである。ゴッホの晩年の花の絵には、同じことが繰り返し起きている。
なぜ重要か
1890年5月、療養所を自分から出ると決めた直前に、ゴッホは春の花束を4点描いた。アイリスが2点、ばらが2点。色の組み合わせも画面の形も、それぞれ変えてある。1年の滞在で、これだけまとまった静物画はほかにない。
この絵と、隣の展示室にある《ばら》は、どちらも画家の母が持っていた。母が亡くなる1907年まで、手元に置かれていたのである。息子が最後の療養所で描いた花が、家族のもとに残った。絵が世に出る前の、身内だけが知っていた時間がある。
制作背景
1890年5月、37歳。サン=レミの療養所を自ら出ると決めた、その直前に描かれた。
4点は、ばらつきのある寄せ集めではない。ひとつづきの組として考えられていた。縦長と横長、色の対比を変えた2組——設計されたまとまりである。
同じ組のうち、縦長のアイリスはアムステルダムのファン・ゴッホ美術館にある。横長のばらは、ワシントンのナショナル・ギャラリーが持っている。この絵と縦長のばらは、メトロポリタン美術館の所蔵である。
出典:メトロポリタン美術館 作品ページ(2026-08-29 確認)