信仰の寓意
Allegory of the Catholic Faith / メトロポリタン美術館
館の学芸員は、館内を案内していると、これがいちばん好きになれないフェルメールだと言われることがある、と話している。この絵には、人を身構えさせるところがある。静かな部屋の絵ではなく、決まりごとを積み上げて組み立てた場面だからである。学芸員自身がそう認めているのだから、そう感じるのはおかしなことではない。
何が描かれているか
青と白の衣の女が腰かけ、顔を上へ向けている。片手を胸に当て、もう一方は卓の縁に置く。片足は地球儀の上に載せている。
天井から、青い紐でガラスの球が吊るされている。背後の壁には磔刑を描いた大きな絵。卓には開いた本と金の杯があり、その奥に黒い十字架が立って、金の型押しをした革の壁掛けが下がっている。
床は白と黒の市松。手前に四角い石が置かれ、その下で蛇が押しつぶされている。口から血が出ている。すぐ横に林檎が一つ転がる。左には綴織の垂れ布と、青い座布のある椅子がある。
なぜ重要か
館によれば、これはフェルメールが自ら選び取った信仰の寓意である。彼は結婚の前にカトリックへ改宗していた。この絵が描かれた頃のオランダでは、カトリックが公にミサを行うことは許されていなかった。
女は教会そのものを表している。地球儀を踏み、手前では教会の要石が悪の蛇を砕いている。館は、この場面を、当時の読み書きのできる人ならすぐに解けた符牒の連なりだと書く。いま身構えてしまうのは、その読み方が失われたからでもある。
ミサを公に行えない時代に、教会が耐え抜いていることを描いた絵である。館は、この場面をそう受け取っている。
制作背景
館は、この絵が個人のカトリック信者のために、あるいは隠れ教会のために、わざわざ注文されたものだろうとしている。表に出せない信仰のための絵である。
卓に並ぶ杯と本と十字架は、ミサに使う道具である。館は、それがミサそのものを指しているのかもしれない、とも書いている。
館に入ったのは1931年、マイケル・フリードサムの遺贈による。
絵に描かれた道具立ては、どれも意味を持っている。ガラスの球、地球儀、蛇を砕く石、転がる林檎。館は、これらを一続きの符牒として読んでいる。
出典:メトロポリタン美術館 作品ページ(2026-08-29 確認)