天秤を持つ女
Woman Holding a Balance / ナショナル・ギャラリー(ワシントン)
壁に掛かっているのは、最後の審判の絵である。その額の下辺は、秤のある側では、女の背中の側よりわずかに高い。館は、それを天秤の置き場所を空けるための操作だと見ている。秤の皿が暗い額に重ならず、何も塗っていない壁を背にするように、絵の中の絵の方を動かしたのである。つり合いを見せるために、部屋の側を歪めたことになる。
何が描かれているか
部屋の隅に女が立っている。頭に白い麻の布をかぶり、白い毛皮で縁どった青い上着を着ている。右手に小さな天秤を持ち、腕を軽く上げている。
天秤の皿には何も載っていない。館によれば、竿はつり合っている。もう一方の手は卓の縁に置かれ、女は目を伏せている。
卓の上では宝石箱が開き、真珠の連なりと金の鎖がこぼれ出ている。青い布が卓の手前に寄せてある。左には窓があり、暗い掛け布の隙間から光が入る。背後の壁いっぱいに、大きな額の絵が掛かっている。
なぜ重要か
裁くことは、量ることである。館はそう書いて、女と背後の最後の審判を結びつけている。ロヨラの霊操には、祈りに入る前にまず自分の良心を調べ、審判の日を前にしたつもりで自分の罪を量れ、という教えがある。館は、この絵の場面をそこに近いものとして読む。
女は、卓の上の金や真珠と、壁の絵が示す行いの果てとのあいだに立っている。館の読みでは、この絵は控えめに、ほどよく生きよと言っている。何を量っているのかは、描かれていない。
制作背景
天秤を持つ手は、額の暗い隅のちょうど前にある。秤そのものは、何も塗っていない漆喰の壁を背にしている。館はこれを、フェルメールが空間をわずかに操って作った効果だと見ている。
その証拠として館が挙げるのが、額の下辺である。秤のある側では、女の背中の側より、わずかに高い。天秤を置く場所を作るために、絵の中の絵の方を動かしたことになる。
この絵は、ペンシルヴェニアのワイドナー家の屋敷にあったものが館へ入った。1995年からのフェルメール展にも、2001年の展覧会にも出ている。
何を量っているのかは、いまも決まっていない。皿が空だからである。金を量っているという読みも、何も量っていないという読みも、どちらも成り立つ。
出典:ワシントン・ナショナル・ギャラリー 作品ページ(2026-08-29 確認)