絵画芸術
Die Malkunst / 美術史美術館
画家の背後の壁に、大きな地図が掛かっている。館によれば、それはネーデルラントの17の州を、南北に分かれる前の姿で描いたものである。フェルメールが筆を執っていた頃には、その国はもう分かれたあとだった。仕事場の壁に貼ってあるのは、ひとつだった時代の国である。絵の中で誉められているのも、過ぎた時代の絵の力である。
何が描かれているか
手前の左に、重い綴織の垂れ布が半分たくし上げられている。その向こうが仕事場である。見ている側は、布の陰から中を覗く形になる。
画家は背を向けて腰かけている。黒い帽子、切り込みの入った黒い上着、赤と白の靴下。手には筆と、腕を支えるための細い棒。画布にはまだ、上の方に青い月桂冠が描かれただけである。
向かい合っているのは、青い上着の若い女。青い葉の冠をかぶり、大きな黄色い本と喇叭を持って、目を伏せている。天井から金の燭台が下がる。卓には石膏の頭と写生帳。床は白と黒の市松である。
なぜ重要か
館によれば、フェルメールはここで日々の場面の絵を、絵を描くことそのものの寓意にまで高めている。女は歴史の女神クリオの姿をとる。画家に霊感を与え、古いネーデルラントの絵の誉れを告げ、それを歴史の書に永く留める役である。
彫刻家の型、写生帳、画架の上で生まれつつある絵。館はこれらを、いくつもの芸術がひとつであることの印だと読む。壁の地図は、その誉れを古くから絵によって得てきた土地を指している。
制作背景
フェルメールが亡くなったあと、この絵は妻カタリーナ・ボルネスの手もとにあった。1676年、彼女はこれを母マリア・ティンスに引き渡している。翌1677年3月15日、デルフトで競売にかけられた。
その後ウィーンへ渡り、ゴットフリート・ファン・スウィーテンの遺産に入る。1813年にルドルフ・ツェルニン伯爵のものとなり、長くツェルニン伯爵家の画廊に掛かっていた。
1940年、この絵はヒトラーの手に渡った。1945年に連合国のミュンヘン集積所へ移され、1946年11月7日、美術史美術館へ引き渡されている。正式に収蔵品となったのは1958年である。
出典:美術史美術館 作品ページ(2026-08-29 確認)