ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスは1849年、イギリス人画家の両親のもとローマで生まれた。少年期に家族とロンドンへ移り、古代遺跡と同時代のイギリス美術の両方に親しんだ。
1870年にロイヤル・アカデミー美術学校へ入り、1874年に同アカデミーへ初出品した。初期には古代ローマの日常や同時代イタリアの場面を描き、アルマ=タデマらの古代趣味から影響を受けた。
1880年代には《神託を伺う》《聖エウラリア》《魔法円》のように、古代世界を舞台にしながら、予言、殉教、魔術という目に見えない力を主題にするようになる。
1888年の《シャロットの乙女》以後、テニスンの詩やギリシャ・ローマ神話に登場する女性を繰り返し描いた。ラファエル前派が好んだ文学的主題と細部への関心を受け継いだため、後期ラファエル前派と結びつけて語られる。
ただし、彼は1848年に始まった最初のラファエル前派の一員ではない。ロセッティやミレイより若い世代として、その色彩、文学、象徴の方法をヴィクトリア朝後期に展開した画家である。
《オデュッセウスとセイレーン》では大英博物館の古代ギリシャ壺を参照し、セイレーンを女性の頭と鳥の体をもつ姿にした。同じ1891年には、魔女キルケを正面から描いた作品も発表している。
1885年にロイヤル・アカデミー準会員、1895年に正会員となった。物語の事件そのものより、登場人物が選択する直前や、誘惑へ気づく瞬間を描く構成に特色がある。
1917年、ロンドンで死去した。20世紀前半にはヴィクトリア朝絵画とともに評価が下がったが、後に再評価され、《シャロットの乙女》をはじめとする文学画と神話画は現在も広く知られている。
ローマ生まれで、後期ラファエル前派と結びつく神話画を描いた。
出典:テート ウォーターハウス略歴・《シャロットの乙女》 / ヴィクトリア国立美術館 ウォーターハウス略歴 / ヴィクトリア国立美術館 《オデュッセウスとセイレーン》研究(2026-09-13 確認)
初期ラファエル前派の構成員ではなく、後の世代として影響を受けた画家であることを明記した。
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